別冊クラッセ|教育をめぐる冒険|上甲晃



なぜか、松下政経塾卒政治家が増えている。
その根本思想とは何か。
志を立てるための契機と志を磨くための基本とは。
松下幸之助の教えを知りつくす上甲晃氏に
志の立て方、磨き方を尋ねる。






上甲先生は、松下政経塾時代に、ご家族一同で政経塾の敷地内に住み込んで、塾生たちと寝食をともにして、塾生たちを育てられたとお聞きしました。松下政経塾では、塾生たちをどのような人物に育てようとされたのですか?

松下政経塾は、松下幸之助がつくった塾でありまして、その一番の基本は松下幸之助の人づくりがベースです。わたしはそれを受けて、実践をしている方であって、基本の考え方は松下幸之助の思いから始まっております。

人の育て方も非常にユニークでありまして、基本は知識や技術も大事だけども、それはしょせん道具にしかすぎません。その道具を使いこなす人間そのものが良くなっていかないことには、どんな立派な道具や、どんな立派な知識や、どんな高度な技術をもっていたとしても、その道具や知識や技術は生きてこない。

まず、人間をしっかり育てる。最近の流行で言えば、人間力を高める学校、人間力を高める教育を、と松下幸之助は強く言っておりました。

家族一同住み込んで教育するというのには理由があるのですか。

教育者というのは、ただ技術や知識を教えるだけじゃなくって、自分の生き様そのものを以って教育するというのが、やっぱり基本なんですね。だから自分の箸の上げ下げから、頭の下げ方、あるいは、行動すべてが感化力、教育力なんです。ともに生活をするということは、全身を持って、感化、教育をするという意味合いがあるんです。なかなか大変です。

松下政経塾は、自習自得ということを言いますが、これはどういうことでしょうか?

政経塾は22歳からですから、基本的には大学を卒業した人ですから、ちょっと子ども達の教育とは違うんですね。大人になれば、自分で自分を育てなさい。

人に育ててもらおうとか、人に教えてもらおうとか、そんな依存心をもった勉強の仕方はだめだ。望ましい自分を決めて、望ましい自分に近づくためには、自分で努力をするというね。

主人公意識を持って生きよということですね。




志ネットワーク・青年塾を主宰されていますが、どういう組織なのでしょうか。

私は、政経塾時代14年間、若い政治家を育てる仕事をしてきて、今の日本人に一番欠けているもの、特に若い人に欠けているもの、それは、あまりにも豊かになりすぎて、人生の目的とか目標というものを失ってしまったことだと思うのです。

今日一日楽しく、面白おかしく生きられればいいじゃないかという雰囲気が非常に強いのではないかと思ったのですね。

こういう豊かな時代だからこそ、貧しかった時代に出来なかった高い志や大きな夢をもって生きるというのが、若い人のエネルギーをかき立てるんじゃないか。

そう思って、そういう教育の場があってもいいんじゃないかな、と思ってつくったのが青年塾なんです。

志ネットワーク・青年塾をつくられたときに、バングラディシュの若者の目の力を見たのもきっかけになった、とお聞きしたことがあるのですが、それはどういうことでしょうか。

日本の若者を見て気になったのは、若い人の目に力がない。視力が悪いということではないですよ。(笑)

バングラディシュや中国へ行くと、若者の目は怖いぐらいランラン、ギラギラしとるんです。鋭いんです。

それは目の構造の問題ではなくってね。どういうときになぜ目に力が入るかと思った時に、それは強い意志をもった時なんですね。たぶん、敗戦直後の日本人の目にも力があったと思います。

この貧しさから抜けて、なんとかがんばって発展させようという意識が非常に国民に強かった時代には、目に力があったわけですよね。

そういう力を取り戻さないと、次の時代を担う若い人の目に力がないとなると、日本の将来は危ないんじゃないかと、そういう思いで青年塾を立ち上げたんです。

視力回復運動じゃなくて、「志力」回復運動なんです。

志を立てる。目標をもつ。これは、すごいエネルギーになる。すごいポテンシャルを持つことになると思うのですがいかがでしょうか。

一生のうちに1回、生駒山に登りたいという人と、一生のうちに一回エベレストに登りたいという人とでは、人生が違うんです。

エベレストに登ろうと思ったら、お金もためなきゃならん、語学も勉強しなくてはならん、あるいは、高山の知識、登山の技術をみにつけなきゃならん、と自分がもっているいろんな可能性に火がついていくということになるんですね。

生駒山に登りたいと思ったら、そんな無理しなくても、ケーブルカーもありますしね。(笑)

目標は高ければ高いほど、自分の可能性のスイッチがオンになっていくんです。自分で能力を開発するんですね。

大学に入るのが目的なんてのは、根本的に間違っていると思います。あくまでも大学に入るのは、志を果していく手段にすぎない。

今多くの人は、大学に入るのが目的だから、入ってしまえば目的が達成されたんで、後は遊んでしまおうかとなるんですね。目標が低い、低すぎると思うんです。

一生かかる位の目標をもってやった方が良い。




子どもたちに志を持たせる良い方法はあるのでしょうか。

志は持ちたいと思っても、なかなか持てない。自然に持てる方法がやっぱりあると思うんです。

ごく大事なのは、まず、伝記を読むということです。立派な人の伝記や歴史をたくさん読んでいると、なんとなくあこがれる人が出てくるんです。

ああいう風になってみたいなと思うことは、すでにイメージができるということです。そこから志が生まれる。

もっとたくさん本を読んだ方が良い。視野が広がるでしょう。視野を広く持つことが、志を持つ一つの大きな要因になると思いますね。


志にも、お金持ちになりたいとか、有名になりたいというような自分のための志と、人のお役に立ちたいという志と二つあると思うのですがいかがでしょうか。

私は、みんなのためにというのが志、自分のためにというのが野心と言っています。野心が悪いと言っているのではありません。

自分が偉くなりたい、金持ちになりたいというのを野心・野望といいますが、これもエネルギー源になります。

私は自分のためだけではなくって、日本を良くしたい、地球を良くしたいというのが、志だと言っています。自分のためにが野心、みんなのためにが志と分けています。

子ども達に志を持たせるために、日常生活でどうすればいいのでしょうか。

日常生活のなかで、人のために動ける人、そういう行動をさせるというのがすごく大事だと思います。

松下政経塾では、志の教育の第一歩として、誰よりも朝早く起きて、身の回りのトイレ掃除を徹底してやる、というのを教育の一番大事なカリキュラムにしています。

トイレ掃除なんか、業者に任せればいいじゃないかと言う人もいます。

しかし、松下幸之助は、人のために惜しげもなく自分の力を差し出すには、そういう行動・実践をしっかりやりなさい。毎日、みんなが嫌がるトイレ掃除を続けていると人のために働こうという志が芽生えてくるんですね。

口だけではなく、実践させることがものすごく大切です。

例えば、子どもに「新聞取ってきてくれるか」と頼んで、持ってきたら「ありがとう」というのも、人のためにという一歩ですよね。

それはとても大切です。くつを揃えるということでもいいんです。そしたら親にほめられる。みんなのくつを揃えるとほめられる。

みんなのために働くと人に喜ばれるという体験を小さい頃から教えるということはとても大切です。

もっと家の手伝いをさせる方がいいのです。簡単な仕事でもやらせる方がいい。そうすれば、おとうさん・おかあさんがやっている大変さがわかるんです。

そして、やってくれれば、ありがとう、助かるよ、と声をかけてやる。人が喜んでくれるというのが体験的にわかるんですね。



志というのは、子どもにだけ持ちなさいと言っても、ダメなのではないか、大人である私たちも志を持たないと子ども達に伝わらないのではないかと思うのです。
しかし、志と言えば、なにか大きな、例えば、政治家になるというような大きなことを考えるのですが、そうではなくて、日常の平凡な事がら、凡事というのですが、これを徹底していく中で、志も磨けると上甲先生はおっしゃいますね。

平凡なことをしっかりと励むということが、志を磨くということですね。

わたしの口癖は、真理は平凡の中にある。本当に大事なことは平凡の中にある。平凡なことを徹底すれば真理に近づけると私は言い続けています。


先生は「一事が万事」ということもおっしゃいますね。

例えば、車のフロントガラスだけをきれいに磨きなさい、と言うとするじゃないですか。

本当に徹底して、フロントガラスをぴかぴかに磨いていくと、横の汚れや他の汚れが気になってくるのですね。

一つのことに徹底して励むと気づく力が生まれてくるんです。気づく力はすべてに及んで行くんですね。そういう意味で一事が万事。だから、あれこれできなくていい、一つでいい。
ただし、その一つは徹底してやりなさい。徹底して身についた力はすべてに及ぶのです。国語が得意になれば、その力が他の教科に及ぶということがあるでしょう。

そうなんですね。勉強が苦手な子は、あれもこれもしなくていい。好きな科目を一つ徹底して、得意になるまでやりなさい。
そうすれば、いい点が取れて、達成感を味わう。やったらできる。自信が持てるようになる。それに引っ張られて他の科目も良くなってくるんですね。まさに、一事が万事ですね。

松下幸之助の言葉を借りるならば、大きなことをしなくていい。小さなことでいい。いろんなことをしなくていい。ひとつでいい。

大事なことは、人が途中でやめること、人がときどきしかやらないことをやり続けることだ。継続は気づく力を生む。

毎日、庭の掃除をしていると花がすこしでも咲きかけるとすぐにわかるんですよ。たまにやってると、ああ花散ってる、というふうになりますね。(笑)

継続は、変化に気づく力を生むと思いますよ。



上甲先生はデイリーメッセージを出されている。

一日に、一件ぐらい、感動と発見のある人生を歩んでみたいと思ったんですよ。それで、毎日1300字ぐらいの文章に書きとめてみようと思ったんです。

そして、書くかぎりは一日も欠かさず書き続けようと決めたんです。たぶん今日あたりが、5700号当たりだと思います。一日も休んでいません。

15年以上ですね。

毎日書いてると不思議なもんですね。人の何気ない話に気づく力が生まれてくるんです。

書かなかったら、左から右へ出て行く話です。何気ない話にパッと気づく力がつくんですね。

一日も欠かさずやる。継続は気づく力を生むんですね。あまり大げさなことは長続きしません。小さなことを一日も欠かさずやって、10年やれば人間が変わります。

志を立てるということは、何か大きなことをすることばかりではない。人のお役に立てる人間になろうということですね。
そのためには、人のやらないことをせめて私だけでもやろうと、ずっと続けていく。
それをみんながやれば、混迷した日本もきっと良くなっていくのではないでしょうか。