別冊クラッセ|教育をめぐる冒険|上甲晃









学校荒廃と基礎力低下には因果関係がある。
大阪教育改革を進める中核メンバーとして
「基礎力」向上の重要性を説く小河勝氏に迫る






荒れる学校を経験され、その原因を分析されたそうですね。

1997年から、はっきりと分かれました。この年から、入ってくる新入生がものすごく荒れました。翌年も、次の年も、それからずっと続くんです。荒れる中学校という代名詞が一般化される時代に入るんです。

これは、1971年に実施された指導要領に、原因があると思います。ものすごく、基礎学習の段階を圧縮したんです。

それから、学校の中がものすごく荒れる。教室がむちゃくちゃになる。窓ガラスが割れる。便所のドアが壊される。タバコの吸い殻が散乱する。

それを指導しながら、子どもたちを授業で教えていると、子どもたちがほんとうに分からないんです。ですから、放課後教えてまわるということもやってたんですね。

当時、家庭の問題があって子どもたちが荒れるんだろうと思ってたんです。一方で子どもたちがまったく理解できない。これは、別の問題だと思っていたんです。

それが、やがて、ぼくの中で因果関係があると。授業が分からない子が荒れるということが分かってきたんですね。


小学校の段階でつまずいているということなんですよね。
いろいろデータを集められました。

調べて実態をはっきりさせないと原因を発見できませんからね。それで、つまずきをずっと調べていきました。

だいたい、分数・小数の計算ともに正答率が5割、これでは方程式どころではないんです。九九は完璧でないとダメなんです。計算のときにはランダムにどんどん九九は登場するんですから、え~、7×8は何ぼやったかな~、なんて言っているようではあかんわけです。

百ます計算をさせて調査しますと、半分ぐらいの子どもが誤答をするんです。これでは、計算をすればするほど間違うでしょう。

その結果、中学1年の入学時点で3けた×3けたの計算は、半分くらい間違うんです。足し算・掛け算・引き算・割り算がゆるゆるの状態で中学校に入学してるんですね。


中学生用に算数と国語の「小河式プリント」を考案されました。

中学生たちに、計算の基礎を徹底して鍛え直さなければだめだということを考えましてね。

先生方に提案して、教科を超えて数学をみんなで教えようとか、国語をみんなで教えよう、と。漢字の崩壊も大変でしたからね。

先生方は、みなさん、必要だということを理解し合いましてね。大変でしたけれど、行うことができました。それをずっとやっていったものが問題集に編集できたんですね。





計算や漢字といった基礎が身に付いていないと、授業が苦痛になります。

それはもう可哀想です。

たとえば、中学の理科などでは、基礎的な小数・分数の計算の上に、比例・割合が入ってくるんです。この辺りのデータを見ますとほぼ全滅です。

全滅の子どもたちが、理科や社会の計算、縮尺や輸出入のパーセンテージの計算をしなきゃいけないんです。

しかし、そういう状態で理解せよという方が無理です。


漢字が身に付いていなければ、文章の意味が理解できない。
そうなると、あらゆる授業が理解できませんよね。

たとえば、種子植物が理解できなくて、タネコと読んでしまうんです。まったく、トンチンカンなんですね。

そうすると、そういう子たちは常にそういう危険性をもっているんですから、すごい分かりにくい構造で勉強してるんです。


授業が楽しくない。すると勉強を止めたくなる。
学校が荒れる原因というのは基礎が身についていないからなんですね。

しかし、分からせて、できるようになると、その子たちはいっぺんに落ち着くんです。

見事に変わります。山のような注意をする必要はないんです。自分もできると思えば子どもは集中しますよ。


すばらしい!

感動的なシーンを何度も経験しましたからね。


学校教育でいちばん大切なのは、子どもたちが授業を理解できる。分かるから楽しい。
そのためには基礎、基本を徹底して身につけさせてあげる。そいうことが大切だということなんですね。





小河先生は大阪府の教育委員をされています。
大阪府の現状はどうなんでしょうか。

ご存知のように、2008年、大阪は全国学力テストで最下位に近い状態だったですね。2年続けてそういう結果が出てるわけです。

順位うんぬんが言われますが、私自身は1点、2点や順位は大した問題ではないと思っています。

それ以上に、日本全国の子どもたちの基礎、基本が崩壊に近い問題がある。このことが、もっと大所高所に立った視点から取り組まなければならない課題だと思います。

ただ、大阪の場合に独自の問題がないかといえば、ありましてね。

たとえば、犯罪率なども悪いし、これはトップです。学校で上手く機能しない、いわゆる学級崩壊のような状態も非常に大きいんです。

そういう状態がなぜ生まれてきたのか。それなりに理由を考えなければいけません。

統計的に調べますと、重大な問題があります。生活保護の世帯、つまり、家庭的に経済的に非常に苦しい状況にある。その家庭の割合が、東京、川崎、横浜、名古屋など、全国11の主要都市と比べて、(小学生・中学生の子どもたちを持っている調査対象の家庭の割合は)約4倍もあるんですね。

他の都市では受給世帯が5%ぐらいなのが、大阪では20%になるんです。そういう極端に難しい地域的状況があります。

また、30人以下のクラス編成に入っている子どもたちの割合は、他都市では60%ですが、大阪では40%です。つまり、学びにくさがあるんですね。

そういう問題があるから、学校が荒れるんだという理屈が一方ではあるかもしれません。

しかし、そういったことに根拠を求めても現実問題として解決はしないわけです。教育者としてどうしていくべきか、教育(行政)としてどういう打開策があるのか、ということを手を打っていかないといけません。

そのような状況で、基礎的な学力が弱いという問題、これは全国的にあるわけですが、これを乗り越える方法を私自身、ずっと実践的に、さまざまな隘路をたどりながら考えてきました。

その一つの解決方法が、結局、基礎的なことを繰り返す、これが鍵だなという結論に達したわけです。

(公立中学校教諭として)二十何年間にわたって取り組んできたんですが、これはものすごく成果がありました。

子どもたちも、たとえば、小学校の漢字にしたって覚えたい、小数や分数の基本的な計算もできるようになりたいと、そう思っているんです。

そう思っている子どもたちにフィットした課題を全員でやっていくという風にやりますと、子どもたちはほんとうに取り組みます。

一般的には、できる子はそんなんやれへんのちゃうか?と思われますけど、そうじゃないです。できる子ほど警戒心も強いです。実際、そんな簡単な一桁+一桁とか九九なんか、絶対に間違ったらいけないでしょう。

でも、正答率を見てみるとやっぱり何%かは間違うんです。できる子でもね。そうなりますと、解く時間が遅いとか、そういう状況を自分でも改善しようという思いを持っているんですね。だからみんなものすごく熱心にします。

そうやって、ずっと学校全体で取り組んでいったら、学校がぴしゃっと落ち着いていくんです。これはもう劇的な変化です。

つまり、暴れている子、授業になかなか入らない子、そういう子が率先して取り組むようになります。なぜかというと、やればできることが分かってきたからです。




達成感が誰でも持てるから楽しい。

しかも、時間が劇的に変わっていくんです。

百マス計算で一日めに5分かかっていた子が、次の日に4分30秒とね。30秒単位で、どんどん縮まっていくんです。もう、うわ~言って叫んでますよ。

彼ら、できなかった子たちが、そうやって乗るでしょう。そしたら、みんな乗ってくるんです。教師はこれをやってると興奮してきますね。


先生も生徒が劇的に変わっていく姿をみると楽しいでしょうね。

それを提案して、こういう取り組みをやっていきましょうと私が言うとね、そんなん、中学生が足し算・引き算・掛け算・割り算をやるか? とみんな疑問視してたのが、様子を見てまして、小河さん、あれええな、と。(笑)


それを広めていきたいわけですね。

そうなんです。子どもたちも、間違えることが急激に減っていきますので、分かってくるんです。

分かってくると授業も落ち着いてきます。そして、分かりがどんどん良くなってくるんです。

具体的には、50分授業を最初の10分ずつ刻んで、5日間、帯状に組むんです。これをモジュールというんです。このモジュールというやり方で展開していこうというのが大阪府のやり方なんですね。

これに賛同されるところは、どんどん参加して欲しいと呼びかけています。先生方がなるほどと思っていただいて、これを上手く活用して、軌道に乗ってくれば、大阪の教育は劇的に変わると思います。


大阪府の教育委員会が、教育日本一を目指して、大阪府の教育力向上プランを開始されました。この取り組みに大いに期待したいと思います。



聞き手:中村俊一