続・教師の品格|柳谷晃



第2回

副校長の顔を見よう

公立学校から自由が失われているという。
「役人」VS「現場」のヒエラルキーの下、
副校長を観察すれば学校の姿が見えてくる!?



1.副校長はどこからきたか

 かなり昔のことだが、先生が余った時があった。私が大学卒業する時も、かなりその傾向が激しかった。そういう時は、管理職試験に合格しても、教頭にする学校がない。しかたなく、一つの小学校に二人の教頭を置くことにした。すると、暇な教頭もできる。人間暇になると余計なことを考えるようだ。

 教員は学校に行くと、出勤簿に印を押す。朝が忙しかったりすると、印を押すのを忘れることもある。ある学校で教頭が、出勤簿の押印を忘れた先生を、授業中に呼びに行って、出勤簿に判子を押させたということがあった。

 次の休み時間でもよいような気がするが。二人教頭ができたときの笑い話である。笑いごとではない、出勤簿は重要なんだと、怒る教員がいるような気がするが、私は笑う。

 最近は教頭だけでなく、副校長がいる高校が多い。副校長だけではなく、学校の中にいろいろな名前がついた管理職らしい教諭がいる。

 なぜそんなに新しい役職ができたのだろうか? 不思議だ。
 最初に、そもそも、副校長はどうしてできたのか。
 たいていの教育系大学付属高校では、校長が大学教授であるので、副校長が実質的な校長となる。だから、教育系大学付属高校には副校長がいた。

 今は一般の公立高校でも教頭と校長の間に副校長を置くことができるようになっている。教頭は授業もするが、副校長は授業をしない管理職である。その分、学校全体の役割分担などの実務を行う。

 教育系大学付属高校の形を、他の学校が真似をした。しかし、普通の学校では、校長はいつもいるから、副校長は要らないのではないか。その答えは、他にどんな役職名が付いた教員が、いつからできたのかを考えると理解できる。


2.発端は石原都政!?

 どのような種類の「肩書教員」がいるのだろうか。これには、最近、特に、肩書ばかり増やしている公立学校と委員会が多い。ことの発端は8年前の石原都政から始まる。東京では主幹という役職を作った。この主幹教諭は、校長・副校長の下につく役職教諭である。

 石原都政では、一般企業と同じピラミット型のトップダウンの組織を、学校の中に導入しようと構想した。主幹教諭の役割は、一般教員の中に作った管理職の子飼のようなものである。校長―副校長―主幹教諭というラインができる。

 都がこの制度を導入したのをきっかけに、関東六県では、すぐ東京都に右へならえをした。地方自治体で呼び名は違い、神奈川では総括教諭、横浜では主幹教諭といっている。

 さらに、東京都は一昨年くらいから、主幹の下の役職として主任教諭なるものをつくった。この構想は、学校の中に会社と同じに、係長→部長→次長のような出世のレールを敷設したことになる。それは先々の管理職への道しるべになる。

 なぜこのようなことをするか?
 組合対策とすぐに思い当たるかもしれない。確かにそういう面がある。

 学校の中での官僚機構は後でも述べるが、学校の中が官僚機構で成り立ち、その機構に入れない教員は組合活動に走ったりする。だから、教員の種類を色々作って、何か偉そうな名前や肩書きを付ける。すると官僚機構に入ったような気持ちになる。

 ほとんど教員は会社で働いたことがない。社会知らずが多いから、いろいろ批判をしている割には、肩書きが付くと単純に喜んだりする。もっとひどいと、すぐに威張り始めたりする。指導する力もないのに、若い教員の指導をするのは、私しかいないとか迷惑な思い込みをする。

 こういう教員が、官僚機構の思いのままに踊っている教員である。これは組合崩しに良く使われる手であるが、実際、日教組の切り崩しにはかなり有効だろう。批判をする人間は、言葉の権威に弱い。


3.二重権力構造?

  しかし、それだけではない。はっきり言って、それだけ管理職へのなり手が少ないのも現実なのだ。無理に管理職もどきにしないと管理職にならないのだ。東京都や横浜市では、この主幹教諭になると、管理職試験を受けずに管理職に抜擢されるウルトラCも事実としてある。

 組合封じやトップダウンの命令系統ができると、学校の中に会社と同じ問題が出てくる。誰が一番偉いのかとか、中間管理職の悩みである。当然管理職いじめが出てくる。

 学校の中だけを見ると、校長とか副校長が偉い様に見える。しかし、図式としては単純ではない。各地方自治体には教育委員会がある。教育委員はいつもいるわけではない。非常勤の委員である。そのメンバーである教育長が実質的な権限を持っている。

 教育委員会の指導というときには、たいていこの教育長を筆頭とする組織、教育庁(局)の指導である。(地方自治体で教育庁の呼び方は異なる。) この教育庁(局)と教育委員会を混同している人が多い。実際の教育委員会は座談会に毛が生えた程度だと思っても間違いない。非常勤の委員だから、どっかの社長とかも兼任できる。

 教育庁と校長、副校長の関係を図示したのが、図1である。一般的にはこのような組織図になっている。図にあるように委員会の中で、部長以上を経験した人が現場に来ると、校長で赴任する場合が多い。指導主事は扱いとしては係長クラスまたは副校長と同列と考えてよい。しかし、指導主事は教育庁に部署を置くので、現場から見れば役人である。ということは、実質は指導主事の方が上と考えてよいだろう。

 だから、役人校長、役人副校長、現場校長、現場副校長みたいな区別が生まれる。なにか、司令部の参謀と現場司令官と同じような雰囲気になってきた。


4.現場は反対意見を言わなくなる

 どこでも同じではないが、一般的な考えで、校長になるためには、副校長を最低でも二校以上経験しなければならない。公立の管理職は一校で2~3年いるので、副校長になってから約5年前後は副校長として働く。しかし、指導主事は最低でも5年くらいは教育庁で勤務するから、それが副校長の勤務年数と同じくらいになる。それで、現場へ出る場合は校長として戻る。

 ちなみに、指導主事にも種類がある。主任指導主事は首席指導主事になると議会へも出ることがある。都議会や県議会で答弁している役人は首席指導主事か、または、どっかの課長が多い。さらに課長は事務方がほとんどなので、現場を何も知らなくて答弁する。この課長たちは、現場の人員配置などには詳しい。現場を知らずに配置するというのもすごい。

 主任指導や首席指導主事で能力のある人は、校長として現場を2年くらい経験し、再び教育庁に戻されて、今度は部長や室長などに格上げされる。

 これで、大体の構造が見えたと思う。役人の方が、学校の中では偉い。学校一つの単位として考えると見えない部分がある。校長会とか副校長会とかの会議のときに、役人校長や役人副校長の意見には、現場校長や現場副校長は反対意見を言わない、ということになる。


5.中間管理職いじめ

 現場校長や現場副校長は、教育庁と一般教職員の間に入った、中間管理職と言えないこともない。その下に、教頭や主幹教諭のような子分がいることになる。

 そうなると、会社と同じように、中間管理職いじめが起こるわけである。学校の中で中間管理職とか言うと、ややこしいので、単に管理職と呼んでおく。

 単純な管理職いじめは、主幹になった教諭が、わざと上にいかず、管理職に文句ばかり言うのが少なからずいる。

 よくある副校長いじめは、こんなものがある。
 ベテラン教員が副校長より年上などということは普通にある。ベテラン教員は、たいていそれぞれ何かの役につく。

 例えば、教務主任とか進路主任とか学年主任。この場合の主任という言葉は、学校の中で決まる言葉だから、特に管理職を意味しない。この主任隊が、好き勝手な立案をする。それを巧い言葉で副校長を説得して、校長や教育委員会(教育庁)と交渉させる。そのことで、クレームなど都合が悪くなると、副校長の責任にする。

 職員間の文句は、基本的に副校長にぶつけることが多い。副校長は事務方の統括でもあるからだ。副校長の多くは大なり小なり管理職になれないベテラン教員に虐められることが多い。必ずしもこれは、日教組がやるというわけではないが、一般教員が校長・副校長をいじめることはよくある。そういうことをする教員の大半が日教組であることが多いというのは、私の友人の意見である。

 さらに、こんないじめ方がある。
 管理職は多かれ少なかれ教育庁の飼い犬である。教育庁には逆らうわけにはいかない。しかし、偉そうなことを言う管理職に限って自分が一般教員のときに教育庁に逆らい好き勝手をしている場合が多い。教員世界は狭いから、偉そうなことを言う管理職に、前と話が違うだろうと、昔の話を蒸し返しながらいじめることがよくある。

 上で書いたように管理職は教育庁には逆らえない。そこで、教育庁が学校にいろいろなことを降ろしてきても逆らえない。

 例えば、東京都でもある進学重点校等の、いわいる学校の特色などということが上から下りてくる。これに教員が賛成しないで管理職をいじめる。これはよくある話である。そして、一般教員の多くが反対するとき、そこには管理職を狙っている教員がいる。この教員が一生懸命周りの根回しにいそしむわけである。主幹教諭などがよくこの役割を果たす。

 さらに、インターネットを使ったいじめもある。インターネットの記事に載る内部告発などがそれである。絶対に漏れることがないような学校の不祥事(特に横領など)が、どこからか、マスコミに漏れる。その大半は、管理職への報復が多いという。

 不祥事が外に漏れた場合、100%管理職の成績は下がる。それが、将来の出世または退職金等に影響する。管理職いじめとしては、一番効果的だという意見もある。もちろん、告発などされることがないように、管理職も注意しておけばよいのだが。


6.管理職の責任の取り方

 管理職が責任をとるときに、副校長の成績が下がるか、校長の成績が下がるか、これが副校長の大問題である。誰が主に責任をとるのかという問題である。

重点校と言われる学校は、校長が教育庁の上のほうから来るわけである。それも、次の昇進の準備段階として来る。このような役人校長は、他の校長と比べてもレベルが上である。

 そうすると、何か問題があっても彼は責任を取らない。準備段階の腰掛校長なのだ。となれば副校長に責任が来るのが順番になる。下からいじめられる可能性が高く、さらに、上から責任を押し付けられる可能性がある。副校長さんは大変である。

 何か一つの県の高校が集まって、イベントをすると考えよう。文化祭でも、学芸会でも何でも良い。当然各学校の役割分担を決め、そこに各学校の教諭または管理職を配置する。副校長の腕の見せ所である。うまく切り盛りできれば、学校の評判も上がり、それなりに校長や副校長の点数も上がると思える。

 しかし、受験校なら、あまりそういうことに関わりたくないのが普通だ。学校説明会で、進路指導担当が、来年の東大入学生徒数が何人などという話しかしない高校もあるくらいである。文化的なことに、こんなに関心が低くて、学校と言えるかどうか。まあ、今は置いておこう。


7.副校長の目は輝いているか

 受験校などは何とか忙しい役割から逃げたい。係りを配分するのは副校長の役目。まだ、来年の副校長が決まっていないから、具体的な役割を引き受けられない、などという発言があると聞いた。副校長が誰だかわからなかったら、校長が自分でやれないのかと思うが、ここが官僚の仕事分担。この秩序を(秩序と言って良いとは思わないが)、乱してはならないらしい。

 副校長さんは、本当に大変な立場にいるようだ。ということは、副校長が生き生きしていれば、うまくいっている学校であるという可能性が高いことになる。一概には言えないが、この判断方法はかなり有効であると思う。

 とにかく、公立の学校からは自由がどんどん失われ、教育庁からの束縛がどんどん増えてきてるという現実がある。

続く