海外教育事情|フィンランド








フィンランド便り  ロミ眞木子


リトアニアのビリニュス大学に留学されています。留学のプロセスについて教えてください。

日本の大学ではロシア語を専攻していましたが、社会人になってから留学を希望しまして、以前から関心を持っていたバルト3国、特にエストニアリトアニアを留学先に考えるようになり、最終的にはリトアニアに決めました。

リトアニアでは、ビリニュス大学の外国人学生を対象とするリトアニア語・地域研究コースであるリトアニアン・スタディーズで学びました。当時、コースは初級、中級、上級の3つに分かれていましたが、飛び級により2年で修了しました。

その後、フィンランドにお住いになりました。その経緯は。

ビリニュス大学在学中に、ヘルシンキ大学からビリニュス大学に留学していた現在のフィンランド人の夫と出会いました。夫の本職は自然科学関係の研究者です。

当時、語学にも関心があって大学でリトアニア語の授業を取っていたところ、当時の先生に勧められてビリニュス大学の同じコースに在籍していました。彼は1年で帰国しましたが、私はそれからもう一年ビリニュスで勉強し、その後結婚に伴ってフィンランドに移住しました。

当時、ビリニュスには北欧、南欧、東欧、アジアとさまざまな国の学生がいました。その中で、一番自分と感覚が近いというのか、話が通じるというのか、最も違和感なく付き合えたのがフィンランド人だったと思います。

フィンランド人と日本人がまったく同じだとは思いませんが、口数が少ないところ、穏やかなところなど確かに共通点はあるような気がしますし、いい意味で合理的で無駄のない考え方をするところも楽です。他に知り合ったフィンランド人の友人たちとも、現在まで長い付き合いになっています。

現在、お子様たちは、どのような教育を受けていますか。

9歳の娘は小学3年生、7歳の息子はこの8月から小学1年になります。娘の小学校生活を見ていますと、まだ正直いってあまりあくせく勉強している様子は見られませんが(笑)、3年生になってテストは徐々に増えてきたようです。

フィンランドの場合、宿題の量は先生によってかなり異なるようです。
先生は修士課程を修了していることが法律で定められており、指導では大きな裁量を持っています。

女性が働きながら子供を育てていく場合、フィンランドの制度は、日本に比べ、いかがでしょうか。

まず、フィンランドでは「女性が働きながら子どもを育てる」ことは「デフォルト」だと思います。つまり、フィンランド人の一般的な家庭生活そのものが母親が働くことを前提に成り立っているといっていいと思います。統計上も、子どもを持つ母親の7~8割は仕事についています。

これは、女性の自己実現という側面ももちろんあるのですが、寒冷な土地にある、人口の少ない小国という条件の中で、女性が伝統的に社会で重要な労働力であったことに由来していると思います。

保育は、そうした背景の中で家庭生活を支援してくれる場所だと思います。当家はこの春で息子の保育園が終了しますが、娘とトータルで9年くらいお世話になりました。フィンランドの事情に疎かった外国人の母親としても大いに感謝しています。

保育に対し、学校は「教育の場」ということで、保育とはまた違う、ある種の厳格さを持っていると感じます。校内で起こることはすべて学校に責任がある反面、校外で起こることはすべて家庭に責任があります。

フィンランドは共働き家庭が多いので、放課後の子どもの時間の過ごし方には配慮が必要です。1~2年生はいわゆる学童保育があり、その他にも指導員のいる児童公園、その他さまざまな団体の活動や習い事のための学校などがありますが、何か打ち込めることを見つけて時間を有効に使えるようにしてやりたいと痛感しています。

また、親の方も、子どもが低学年のうちは、自分の勤務時間を短縮できる制度があります。母親でも父親でも取得可能です。状況が許せば一時的に休職して、子どもの通学をサポートする保護者も少なくありません。

フィンランドの教育制度について、教えてください。

義務教育は日本と同じ小学6年、中学3年の9年間です。

その後、高校か職業訓練校に進学する選択肢があります。高等教育機関には大学とポリテクニック(職業大学)があります。ポリテクニックは学士、大学は修士まで修了して卒業といいます。

基本的には、義務教育修了後は進学ライン、職業ラインと分かれているのですが、最近は若者の就職難のご時世から、職業訓練校への進学者が増えていると聞きました。

高校在学生でも、一部だけ職業訓練校のコースを受講して証明書や資格を取ったりする生徒も出てきています。

また、制度上は、どちらの学校を出ていても大学進学は不可能ではありません。

その他、義務教育修了後に進路が定まらない生徒のための暫定コース(職業訓練校)のようなものや、義務教育の留年制度(いわゆる10年生)、働きながら資格取得を目指す見習い制度などもあり、ドロップアウトの生徒を出さない制度上の配慮がなされています。


フィンランド教育の特徴について、どのようにお考えですか。

まず、フィンランドには塾がありません。教えるべきことをすべて教える場所であることが日本と大きく異なる点だと思います。日本の学習指導要領にあたるコアカリキュラムは国が作成したものを基準に、自治体、さらに各校で作成されています。

コアカリキュラムには、各科目で教えるべき最重要項目と評価基準が記載されており、順守が義務付けられていますが、一方で具体的な指導方法は教員の裁量に大きく任されていて、教える側の専門性が尊重されています。

ただ、子どもたちの様子を見ていると、勉強ができることだけがすべてではないという意識も見られます。低学年では科目別の評点はつきませんし、生徒の社会性、グループでの共同作業、どんな小さなことでも何かをやりとげる達成感といったものも非常に重視されていると感じます。

また、与えられた情報だけを鵜呑みにするのではなく、日常生活や社会現象、時事問題から情報を収集し、それらを評価、批判する力や、自分自身で情報を作り出し、発信する力の育成も重視されています。そうしたプロセスの中で、とりわけ論述力は非常に鍛えられていくようです。

異国で働き、お住いになっている現在、日本の教育制度について、どのようにお考えですか。

フィンランドで生活していて、知識の上で自分が日本で受けてきた教育に引け目を持つことはありません。日本人にも優れたところがたくさんあると思いますので、それをさらに伸ばしていけばよいのではと思います。

ただ、英語については、客観的に見て平均的なコミュニケーション能力があまりにも低すぎると思いますし、すでに義務教育の段階で一定の口頭表現ができるというレベルまで達成目標を引き上げるべきだと思います。

もっと翻るなら、日本人は「なぜ外国語が必要なのか」あるいは「外国語は本当に必要ないのか」をもう少し深く考える必要もあるのではないかと思います。

時々「日本は島国だし、日本で生活する限り外国語は必要ない」という議論を耳にするのですが、フィンランドに住みながら、日本からの来訪者やその他のお問い合わせにいろいろと対応していると、果たして本当にそうなのかと疑問に思うことが少なくありません。

インターネットの発達、社会や経済のグローバル化などはもちろん、人の移動という側面一つをとっても、フィンランドのような小国にさえ年間数万人の日本人が訪れていますし、日本でもここ数年、外国人観光客を大量に誘致するキャンペーンが行われてきたと思います。

また、先日発生した大震災には胸を痛めるばかりですが、危機管理としての世界からの情報収集、そして世界に向けての適切な情報発信についての認識はどうでしょうか。

そういった社会の動きに敏感に対応していくなら、見方次第で外国語に対する意識や外国語教育の裾野を広げる余地はいくらでも見つかるように思います。

たとえば、こちらで、日本でいう中学校の視察に同行すると、その学校の生徒たちが、駆使できる限りの英語でクライアントに校内を案内してくれることがよくあります。日本の中学生に同じことができるでしょうか。

あるいは、こうした体験が生徒にとって有益かどうか、日本で検討されたことがあるでしょうか。これは両国の意識や指導方法の差であって、両国の中学生の潜在能力の差だとは思いません。

障害教育や社会教育制度は、日本と比べていかがでしょうか。

3年前に、職業成人教育機関で公認ガイド資格を取り、現在はコミュニティ通訳者の職業資格を取得中です。

子どもが小さい頃には、公開大学にも通ったことがあります。成人のための教育は、趣味の市民講座や公開大学、職業資格の講座、求職者向け講座、社員研修のようなものまでさまざまなものがあります。

日本との直接的な比較は難しいですが、現在は社会の現状に合った分野や形態の社会人教育、高齢者のICTスキルの向上などに重点が置かれていると聞きました。

私自身、職業資格を取得中ですが、これは仕事に必要とされるスキルを身につけるための勉強ということになり、筆記試験やポートフォリオ、実技などで習熟度を証明することによって、十分な職能があるかどうかが評価されます。時期が来れば、大学で何らかの学位を取ることを考えています。

フィンランドにおける語学教育は、どのようなものでしょうか。

フィンランドの場合、法律上は公用語(virallinen kieli/official language)という用語は使われておらず、国語(kansalliskieli/national language)がフィンランド語とスウェーデン語と定められています。

また、その他の言語を母語とする場合も、官公庁での諸手続きで自分の母語を使用する権利が認められています。これは、実質的には通訳や翻訳者の仲介を意味することが多いと思います。

ちなみに、フィンランドでは3年生から必修の外国語が始まります。フィンランド語を母語としている場合、最初の外国語には英語を選択することが多いと思いますが、その他の言語も選択可能です。

ヘルシンキ市の場合は学校によって選択できる言語が異なるので、やりたい言語の授業を受けられるよう転校するような生徒も出てきます。また、フィンランド語を母語とする場合、第二の国語であるスウェーデン語は7年生から必修となります。その他にもいろいろな言語の授業も受けることができるので、義務教育の9年間だけでも、4~5ヶ国語は学ぶチャンスがあります。

旧宗主国の言語であるスウェーデン語を母語とする人はもはや少数派ですが、法律上、公共サービスや教育などはスウェーデン語でも行われなければならないことになっているため、スウェーデン語系の教育機関も小学校から大学まで存在します。

また、これとは別に、ヘルシンキの場合、ドイツ語、フランス語、ロシア語、英語についてはその言語をメイン言語とする学校もあります。ただし、これらの学校でも、フィンランド語系の学校と同じくさまざまな外国語が学べるようになっているはずですし、国語であるフィンランド語は当然履修します。

フィンランド在住の邦人の子どもたちに国語を教えていたとのこと。それは、どのような機関ですか。

私は、ビリニュス大学の東洋学センターで日本語の講師をしていました。

フィンランドで勤務していたのはヘルシンキ日本語補習学校です。補習校を運営するのは在留邦人の父母であり、日本政府や海外子女財団の支援・協力をいただきながら、日本の教科書を取り寄せ、現地校の校舎を賃借して活動しています。

現在は、自分の学業や仕事の都合で非常勤講師をさせていただいています。子どもたちが引き続きお世話になっていますので、2011年度は保護者の立場から運営委員会に参加することになっています。

フィンランドでも、一定人数の希望者が集まると公教育の枠組みで母国語教育を実施することが可能です。ヘルシンキ市をはじめ、大きな自治体では日本語の母国語クラスが開設されています。

私自身はそこでは教えてはいませんが、生徒が週に1回、ある学校に集まって授業を受けるという形態になっていると思います。フィンランド人に対しては、日本語は大学、成人教育センター、友好団体などで教えられていますが、日本語の授業が選択科目にある高校もわずかながら存在するようです。

フィンランドの子供たちの様子について教えてください。

日本の子ども達と比べると、特に小さい頃のフィンランドの子ども達はいい意味で子どもらしいというか、無邪気で純真だという印象があります。

一方で、日中は親が仕事で不在という子どもも多いですし、携帯電話は小学校低学年からほぼ100%の子どもが持っています。学校でも服装や髪型の制限がないため、「個」が確立される年齢が早いというのか、ある年齢を越えると外見や物腰は大分しっかりしてきます。

それにプラスして勉強もしていますので、ティーンエイジャーはもう社会人の予備軍、大学生ならもう即戦力、という風格が出てきます。日本ではどうでしょうか?










ロミ眞木子 Makiko Lommi

通訳者/翻訳者
東京都出身
上智大学外国語学部ロシア語学科、ビリニュス大学言語学部リトアニアン・スタディーズ
公認ガイド資格、コミュニティ通訳者資格(取得中)
使用言語:フィンランド語、英語、リトアニア語
大学在学中から翻訳に関わる。大学卒業後、金融機関勤務、リトアニアへ留学。
1999-2000年リトアニア政府奨学生・ビリニュス大学東洋学センター講師、
2001年よりヘルシンキに在住、現在フィンランドでマルチリンガル通翻訳者として活動中。
2009年よりLogos Helsinki主宰。
訳書に、Markkanen & Pipoli (2009) Shopping in Finland(Trend Publishing Markkanen)