海外教育事情|フィンランド














フィンランド便り  佐藤千佳




フィンランドにお住いになってどのくらいですか。

まもなく13年になります。

フィンランドには、短期留学で1か月半ほど滞在したことがあります。
そもそもフィンランドという国に興味があったのですが、社会人になってから週1回のペースで語学学校に通い、フィンランド語を学んでいました。その後、縁あってフィンランド人と結婚することになり、当地への移住を決意しました。

移住した翌年から3年間は、夫の仕事の都合でフィンランドとスイスを往復する生活でした。

現在、お子様たちは、何歳ですか。

現在1歳2か月の息子がいます。

フィンランドには私立の保育所もありますが、公立の方が一般的です。保育料は、保護者の収入と家族構成によって異なります。息子はまだ保育所に通っておりませんが、仕事を通じて何度か公立保育園にお邪魔したことがあります。

印象的だったのは、園児に対して保育士の数が多いこと。小学校入学を翌年に控えた、いわゆる「プレスクール」のクラスでは、10人の児童を5人ずつ2つのグループに分け、それぞれのグループに担任の先生が付いていました。

私は、日本人の子供がいる保育園で保護者会や三者面談の通訳を担当させていただいたのですが、この場合の通訳料は市の予算で賄われるため、保護者側の自己負担は一切ありません。日本の公立保育園では考えられない手厚いサポートに、すっかり感心しました。

また、通常の保育所以外にも、「保育ママ」として登録しているスタッフが自宅で子供を預かるサービスや、キリスト教の教会が運営する託児サークルなどがあります。

働く女性のための保育や教育制度は。

フィンランドの母親には出産後、約10か月間の育児休暇が保障されています。子供が3歳になるまでは、保育所を利用するか、引き続き自宅で世話をするか、どちらかを選択することになります。

私自身は在宅で翻訳の仕事を続けながら、息子の面倒を看る毎日です。月に数回は通訳の仕事で外出するのですが、その日は夫に育児休暇を取ってもらうか、それが無理なら個人的にベビーシッターを手配しています。

我が家のように、公共の保育機関を利用せずに自宅で子育てしている家庭には、いわゆる「子供手当」とは別に「育児手当」も支給されます。在宅で仕事をしている者にとっては、大変ありがたい制度です。日本のテレビ番組やインターネットで「待機児童」の問題を見聞きする度、今の自分が恵まれた環境にいることを実感しています。

フィンランドの教育システムの特徴は。

フィンランドの就学年齢は7歳ですが、6歳児の多くはエシコウル(esikoulu)と呼ばれるプレスクールに通います。これは、6歳児を対象とした就学前教育で、近年では90%以上の子供がエシコウルで学んでいるようです。アルファベットや数字に親しみ、国語と算数の基礎を学ぶこと主眼が在ります。

義務教育は日本と同様、初等教育6年と中等教育3年の計9年です。

義務教育終了後は高校や専門学校に進学するのが一般的で、高校卒業時には大学入学資格試験に挑みます。
大学や高等職業専門学校で学びたい生徒は、この試験に合格した上で、さらに志望校の入試を突破しなければなりません。

授業料は、エシコウルから大学に至るまで全て無料です。義務教育の間は、通学にかかる交通費や給食費、教科書代、文具代なども無料となっています。

日本の公教育制度との比較。

学費の無料化により、全ての子供に対して平等に学ぶ権利を保障している点は素晴らしいと思います。

近年、日本では給食費の未払いや学費の未納が問題になっていると聞きますが、フィンランドでは、保護者の収入が少ないからといって進学を諦める必要はないのです。

それから、ある公立の小・中学校で通訳をした際、校長先生に伺った話ですが、教員採用時の決定権は自治体の教育委員会ではなく、実際の上司である校長に委ねられているそうです。

また、基本的には転勤がなく、いったん採用された教員は学校の統廃合でもない限り、定年まで同じ職場で働き続けることが可能だそうです。こうした待遇は、教員のモチベーション向上に繋がるのではないでしょうか。

一方、時折耳にするのが、フィンランドの学校教育は、授業に付いていけない生徒の支援に重きを置くあまり、良くできる生徒をさらに伸ばす取り組みがおざなりになっている、という意見です。

近い将来、自分の子供を学校に通わせる母親としては、大変気になるところですね。


日本の教育制度について。

先ほど、義務教育は9年間と言いましたが、実はフィンランドの学校には「10年生」が存在します。つまり、成績が不本意であったり、希望する高校に進学できなかった生徒が、自分の意志で10年生に進級するのです。

日本で中学校に4年間通う生徒は、すぐさま「落第」とみなされるでしょうが、周囲のフィンランド人に訊いたところ、10年生は少しも恥ずかしいことではない、という答えが返ってきました。

就学前教育にしても、最近はほとんどの子供がエシコウルに通うようですが、依然として自由選択制となっています。

また、大学や高等職業専門学校に入学する時の年齢も、男子の場合は兵役を済ませてから、という人が多いです。

高校卒業後すぐに進学する人、専門学校で学んでから編入する人、社会人としてある程度仕事の経験を積んでから学生に戻る人など、実に多様です。

各々の希望や人生設計に基づいて、自由にスケジュールを組めば良いのです。日本の教育制度には、こうした柔軟性が欠けているように思えてなりません。

生涯教育や社会教育制度は。

フィンランド社会には、「生涯学習」という考え方が深く浸透しているようです。

自治体が運営するカルチャーセンター的な学びの場から、高校や大学が開催する成人向け講座まで、様々な選択肢が用意されています。

社会人向けの職業訓練や移民を対象とした語学クラスなど、公立の教育機関だけではカバーしきれない分野については、国から助成金を受けた私立の教育機関も重要な役割を担っています。

一方、フィンランドは「資格社会」だとも言われています。

1990年代初めに深刻な不況を経験し、大量失業時代を経たことで、その傾向はますます強まったと聞きます。企業の人材採用では資格の有無が重要な判断基準となりますし、就職後、さらなるレベルアップを目指して勉強を続ける人も少なくありません。

フィンランドの語学教育。

フィンランド国民には、自分の母語で学ぶ権利が保障されています。スウェーデン語を母語とする人たちは圧倒的少数派にもかかわらず、保育園から大学まで一貫してスウェーデン語による教育を受けることができます。

外国語教育では、フィンランド語を母語とする生徒はスウェーデン語が、スウェーデン語を母語とする生徒はフィンランド語が必修となっています。

一般的には、初等教育の3年次から第1外国語として英語を学び、7年次(日本の中学1年生に相当)からは第2外国語の授業が始まります。

フィンランド人の英語能力は高く、特に都市部では非常に良く英語が通じているようです。

日本語学校の機関や制度の整備状況。

近年、フィンランドでも日本語学習熱が高まりつつあります。

ひと昔前は、日本語を学べる場所といえば大学などの高等教育機関に限られていました。最近は、高校でも選択科目として日本語を教える学校があり、自治体が運営する語学講座でも日本語のクラスが開講されています。

若い世代では、アニメや漫画、音楽といった日本のサブカルチャーを通して言語にも興味を抱く人が多く、学習人口の裾野は確実に広がっているようです。

ちなみに、フィンランド国内でも日本語能力検定を受検することができます。

フィンランドの子供たち

フィンランドの子供と接していて、日本の子供との違いを感じることはほとんどありません。どちらかと言えば、「どこの国の子供も皆同じだな」と思うことの方が多いです。

ただ、フィンランドには学習塾というものが存在しないので、塾通いが当たり前になっている日本の子供に比べれば、どことなくおおらかで、子供の時代をより楽しんでいるように見えます。










佐藤千佳 Chika Sato-Kangasniemi

通訳者/翻訳者
1968年生まれ、東京都出身、現在、フィンランド ヴァンター(Vantaa)市在住。
早稲田大学第一文学部英文学専修卒
損害保険会社、行政書士事務所、医療系業界団体を経て、フリーランスの通訳・翻訳者として活動。