フィンランドの教育
2003年、OECDが世界41カ国の15歳を対象に学習到達度調査(PISA)を実施した。この結果、フィンランドは、科学、問題解決能力、数学、読解力の4分野においてトップを占めた。
なお、指標としてTIMSS調査がある。これは、IEA(国際教育到達度評価学会)が行っている国際数学・理科教育調査である。教科の学力や教科書内容の基本的な知識の習得度を重視するものだ。
一方、PISA調査は、上記4分野を測定、これらの知識を実生活で直面する課題にどの程度応用して活用できるかをみるものである。
TIMSS調査で、日本はPISAより高い水準に位置し、PISA調査では読解力以外でトップクラスとなっているが、フィンランドはそう高い水準にない。
いったいフィンランドの教育と日本の教育とは何が違うのか。
教育制度および過程
フィンランドの教育制度は、1970年代以降の教育改革によって、初級(1~6年次)と中級(7~9年次)に分けられ、9年制の基礎学校が義務化された。
特筆すべきは、保育園を出た後、基礎学校入学前に1年間の未就学児学校に通うことだ。この未就学児学校は義務教育を受ける準備教育として位置づけられ、文字や数字、道徳マナーを遊びを通して学ぶ。入学は自由だ。
7歳の8月になると、子どもたちは基礎学校の初級へ入学する。正当な理由があれば、6歳でも8歳でも入学できる。授業時間は1~3年次で半日、4~9年次で4~6時限。
外国語に関しては、フィンランドの子供たちの90%は3年次から必修言語として英語を学ぶ。フィンランドの公用語であるスウェーデン語を必修言語として学習する。さらに、高校ではもう一ヶ国語を選択して学ぶこともできる。
9年生になると学校ごとの教科担当教師によって教科に4~10点満点で評点がつけられる。生徒たちはその成績を見ながら、進学希望の高校を第5希望まで書いて志望校に提出して合否結果を待つ。
フィンランドでは、低学力の生徒への支援は徹底されている。成績が不本意な場合や高校入学が許可されなかった生徒は、本人の希望により、1年間、10年生として無料で教育を受けることができる。この10年生の制度は彼らに修了資格と基礎学校の成績を上げる機会があり、卒業して職業学校に入学した場合は、一年分飛び級もできる。
フィンランド教育の特徴
フィンランドの学校は、普通は2学期制だが4学期制のところもあり、年間授業日は190日ほどである。日本より40日ほど少なく世界最低の日数である。塾もなく、校外や家庭での勉強時間も低い。
フィンランドの教育の特徴については、一般に、次のような点がよく指摘されている。
- 平等で機会均等な教育が付与されている。
- 子どもが自ら考えて学ぶことを基本に据えている。
- 教育権限が地方自治体、学校、教師に分散されている。
- 授業料が小学校から大学まで無料である。
- 教師の質が高い。
坂根シルクが見た日本とフィンランドの教育
日本育ちのフィンランド人。
日本とフィンランドの両国で生活し、
母として両国の教育、文化にかかわる板根シルク氏に
フィンランドと日本の教育について訊いた。
フィンランドの教育システムは、注目されています。
どのような点が優秀性であると考えられますか。
優れている点はいろいろありますが、次の4点を挙げておきたいと思います。
まず、何よりも親の収入など家庭に事情に関係なく子ども全員が平等に質の高い教育を受ける権利・可能性を与えられていることだと思います。
次に、その教育が無料であること。
また、学習形態として、勉強の内容を理解しない子どもには補助教員を付ける、また補習授業で詳しく教えるなどのシステムで誰もが学習したことを理解して初めて先に進むこともとても大事な要素だと考えます。
そして、勉強すること、学校に通うことが受験や就職の為に必要なのではなく、生きる為に大切なことであることが国民の意識として根付いており、システムに生かされています。それが子どもたちの学ぶ意欲の高さにつながっています。
日本の教育システムに優秀性を見出せますか。
個人的に日本の教育で最も好きで優れていると考える点は集団行動を学ぶことです。
特に運動会・体育祭・合唱発表会や文化祭などのイベントを全員で協力し合って作り上げて、完成・実行させる。そのような学習はフィンランドにはありません。
社会の違いだとは思いますが、社会性が薄れているフィンランド人には必要な学習だと思います。
日本の教育システムについて、どの点に問題があるとお考えですか。
問題は教育システムそのものよりも社会のシステムにあると思います。
学歴社会が続く限り、親は成績を重要視し、子どもたちは、よりレベルの高い学校や大学への進学を強いられています。その為に、小さなころから学習塾などに通う必要があり、子どもたちが人間として健康に元気に成長する為に必要な「遊ぶ時間」がとても少なくなります。
人よりも優れていなければいけない、親や先生からの期待、勉強だけでなくスポーツや音楽でも力を出しすぎ、心身ともに疲れています。
また、中学や高校の入試問題は公立校で勉強する内容では対応できない内容となっており、家庭の経済的事情などで学習塾に行くことのできない子どもたちは入試に必要な勉強をすることができません。
一方、塾に通う子どもたちは、何の為に学校に行く必要があるのだろうか、塾だけで十分なのでは、と考えてしまうようになりかねません。
実際に、私の娘が直面した問題ですが、授業のテンポが速すぎ、一授業における学習内容が詰め込みすぎで、ひとつのことをじっくり考えていくことが困難でした。娘はのんびりとした性格ではありましたが、納得してから先に進むタイプの子どもたちにとっては、あっという間に勉強について行けなくなり、最終的には学ぶ意欲を失うことになります。
フィンランドの教育が、「落ちこぼれを作らないが、優秀な生徒の才能は自主性に任せる」教育だとすれば、日本の教育は「優秀な生徒を優先し、落ちこぼれを作ってしまう」教育だと言えるのではないでしょうか。
日本はフィンランドの教育システムのどのような点を採り入れるべきでしょうか。
社会のシステムが大きく違うので日本の社会にフィンランドの教育システムは適さないでしょう。でも、少人数制や補習授業、補助教員などを採り入れることは可能だと思います。
フィンランドには学習塾も自宅で学習する講座などもありませんが、学校の宿題はたくさん出るので勉強は一生懸命しないと大変です。その変わり、2か月半ほどもある夏休みはもちろん、休みは長く取られ、しかも休みの期間に宿題は一切出ません。このON-OFFの切り替えが脳にも心にも良くはたらき、勉強が楽しく感じられるようになるのだと思います。
子どもたちが何日も勉強をしないで塾などにも行かずに毎日遊んでいるとしたら、そんな状況を黙って見ていられる親や先生が今の日本にどれほどいるでしょうか。フィンランドの夏休みはそれが可能なのです。休みの間、子どもたちだけではなく、親も先生もみんな1カ月は仕事を考えずにゆっくり休むのです。
日本でももう少し子どもたちが「休める休日」を増やすことができればいいなと思います。
フィンランドの教育システムは、日本の教育制度において、有効に機能するでしょうか。改善点はあるでしょうか。
日本には日本の社会システムに合った教育が必要です。
自分で考え、生きて行く力を身につけなければ生きることが難しい、「個人」を大切にするフィンランドの社会に合わせた教育システムは、「和」や「協調性」を大切にする日本社会では有効に機能しないでしょう。
教育制度だけの問題ではなく、社会全体をこれからどのように変えていくのかに合わせて教育システムを考えていくことが求められているのではないでしょうか。